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one

一人でも私は生きられるけど、でも誰かとならば人生ははるかに違う。


私の心の師匠、中島みゆき先生の名曲「誕生」の冒頭の歌詞だ。
昔、人付き合いがうまくできなかった頃、この歌詞を聞き深くうなずいたものだった。

今はあまり経済的に余裕がないのでだいぶ読書量も減ってしまったが、昔は好きな作家さんが沢山いて
文庫本で彼らの新刊が出るたびに無条件で購入して読み漁っていた。
今では、自然と手が伸びてしまうのは貫井徳郎さんと、桐野夏生さんと、白石一文さんのお三方くらいだろうか。
白石一文さんは特に好きな作家さんで、彼は最近運命の人をテーマにした作品を多く発表している。
先日入院中に読んだ「翼」は衝撃的だった。
ストーリー的には多少無理なところがあるのだが、考え込んでしまうセリフがあった。
おそらく白石さんはこのセリフを書くために、この物語を用意したのではないだろうか?
ネタバレになってしまうが、独身30代キャリアウーマンの主人公の女性に対し、学生時代の主人公の親友の
旦那がプロポーズするシーンがある。
この旦那は主人公の親友と結婚して10年が過ぎており、子供も二人おり、家も建て生活は安定している。
物語は10年ぶりに妻の親友であった主人公と再会するところから始まる。
再開後あれこれとイベントが起こり、問題のシーンで旦那が自分の運命の人と確信している主人公に結婚を迫る。
主人公は、
 あなたの提案はあなたの妻や子供を不幸にする。誰かの不幸の上に成立する幸せなど考えられない。
といった趣旨のことを述べ拒絶する。
常識的な判断だと思う。
それに対し彼が言った言葉が
 僕らは誰かを不幸にしないために生きているのではない。
というものだった。

人に迷惑をかけてはいけないというのが、今の世の中における大前提といっていい基本的なルールだ。
旦那の放った言葉はそれを真っ向から否定するもので、非常に自己中心的だ。
ただし、彼は主人公を運命の人と気付いていて、まさに自分の人生の全てをかけてこのセリフを絞り出している。
要するにどう生きるかとう問題に帰結するのだろう。

運命の人と書くと大げさだが、子供のころは自然と波長の合う友達を選んで作れていたものだ。
おそらく子供なりの独特の嗅覚で、こいつとはうまくいくという確信を得て選んでいたのだろう。
大体クラスか、学年に数人はそういう波長の合う人間がいたものだ。
なんとなく私は運命の人とは、この程度のつながりのことなのではないかと解釈している。
だが実際異性と付き合うというのは、子供のころ気の合う友達を作るとことと比べ、はるかに難易度が高く
しかも学年に数人という確率の相手を見つけるのは非常に困難なことだ。
数十人の異性と交際し、慎重に結婚を決めましたなどという人はほとんどいないだろう。

たいていの既婚者は潮時だの縁だのといった言葉で、違和感を黙らせて頃合いのいいところで結婚を
決めてしまっているのではないだろうか?
ただ、確かに高齢になっても新婚の頃のように仲睦まじく暮らしている幸福な夫婦も実在する。
白石さんは別な著作でこういう組み合わせの方々を、お互いにかけがえのない相手であるという徴に
気付いているはずだとか、そんなような書き方をしていた。

自分の真の幸福と、自分の大事な人の不幸を天秤にかけるような状況が出来した場合、どちらを
選択するのが正しいのだろうか?
そもそも結婚相手から気がそれてしまうようなくらい、この人だという人が現れてしまった時点で、
気がそれたまま、それまでの暮らしを維持するということは結婚相手に対して失礼なことのような気もする。
生き方としてもどうなのか疑問が生じる。

残念ながらたいていの人間は一生大事にすると誓った相手を、本当に一生大事にできるほど強くない。
私の大好きな漫画家さんの新井英樹氏は名作ワールドイズマインのなかで登場人物にこう語らせている。
 人間である以上、信念や信条などといったものは曖昧極まりない。
 人は性分によって行動し、行動のみがその人間を裏打ちする。
ぐうの音も出ない言葉だ。
結局人間は、多くの局面において自分のやりたいように行動してしまうものなのだと私もそう思う。

「翼」を読んだ後、私は例によってウジウジと悩んでいるわけだが、幸いすぐに答えが出る類のものでは
ないので、このままグダグダと考え続けるのだろう。

白石さんの小説と比べると、中島みゆき先生の「誕生」は随分と奥ゆかしく感じる。
出発点が一人で、相手は不特定の誰かだ。
もちろん相手は誰でもいいというわけではないのだろうけれど、この辺の表現の仕方にみゆき先生の
深い孤独を感じ取ってしまうのだ。
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