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失楽園7

今度はとうとう自分を壊してしまった。

今年は苦手なUターンを克服すべく意識的に練習するようにしてたためバイクを散々倒してしまった。
そのたびにウインカーやらペダルやらレバーを折ってしまい外装のカウルもあちこち傷をつけた。
Uターンの苦手意識解消のため、交通安全協会が主催する練習会に参加していたのだが、
9月は前日に派手に転倒したため、参加できず、最終回10月は会場に向かう途中で道を誤り、
Uターンに失敗して転倒してしまった。
Uターンの練習をしに行く途中でUターンに失敗して怪我をするとは、なんとも間抜けなことだ。
転倒した際、右膝を付いたのだが強く打ったせいで歩けなくなり、諦めて救急車を呼ぶことにした。
幸いなことに近くに会社がありそちらの社員の方が出てきて下さって、バイクを起こしていただけた。

バイクはさほどのダメージはなく、保険会社にレッカーでの移動を依頼し、私は救急車で病院へ移動した。

案の定、付いた右膝の皿が割れており、入院となってしまった。

原付含めバイクに乗り始めてから何度も転倒は経験しているが、Uターン失敗からの立ちゴケでこれほどの
ケガを負うとは考えもしなかった。
これまでは単に運が良かっただけなのだろう。
前回峠で転倒した際も運悪く対向車などきていたら、バイクも私も何倍ものダメージを負ってオシャカに
なっていたことだろう。

当初1週間から10日と診断された入院は結局5週間に延長され、今日ようやく退院することができた。
私は病院のスタッフの方、患者さん含めできれば仲良くできる方を見つけたいと密かに望んでいたのだが
なかなか難しかった。
私がいた大部屋は皆さんプライバシーを重視する方がそろっておられたようで、カーテンを閉め切り、
同室の患者同士の交流は皆無だった。
お通夜のような日々をひと月過ごした後、私が退院する5日前に同室にSさんという方が入院して
こられたのだが、Sさんは大変気さくな方で、趣味が似通っていたこともあり短い期間で打ち解ける
ことができた。
Sさんがもう少し早く来てくれていたら、私の入院生活ももっと違ったものになっていただろう。
まあでもSさんと仲良くなれたのは収穫だった。
それから規則正しい入院生活は私の病気に良い方向で影響を与えてくれた。
これは大きい収穫だ。
時間だけはたくさんあったので、自分の今後についていろいろ検討できたのも良い副作用だった。
いくつか今後の身の振り方を検討したのだが、これは体調を見ながらいつ動くか慎重にタイミングを
図る必要があるだろう。


幸いなことに膝は車の運転に支障ないくらいまでには回復した。
曲げられる角度は90度くらいなので、バイクに乗れるのはまだまだ先だろう。
いずれにせよ冬はディーラーさんに預かってもらう予定なので構わないのだが、シーズンオフ前の
貴重なひと月を台無しにしてしまった。
おまけに先払いで申し込んでいた年4回しかない練習会は2回も参加できなかった。

今後どのようにバイクと付き合っていくのかも、冬の間熟考する必要がありそうだ。
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失楽園6

派手に転倒した。

先日、あるツーリングチームのツーリングにお試しでゲスト参加させていただいた。
20台以上の台数が集まり、これまで数台でしか走ったことのなかった私は、未経験のツーリングに
少々緊張していたのだが、皆さん気さくな良い方でゲスト参加の私にも気軽に声をかけていただき
楽しい一日を過ごすことができた。
一人同じ年の方と仲良くなることができ、連絡先を交換して何度か一緒に走りに行った。
彼は昔レースをされていたバリバリなバイク乗りなのだが、非常に謙虚な気遣いの人で、彼のような
良い方と知り合えたのは非常に幸運だった。
実はご近所さんだった彼に、近場の非常に楽しいスポットを紹介していただいた。
その峠の休憩場では一見さんでも気楽に会話に参加でき、走ってよし、休んでよしの素晴らしい
場所だった。

先日一人で行った際に自分よりも少しペースの良い方と遭遇し、しばらく後ろを必死になってついて
走っていたのだが、5往復目のヘアピンでバイクを寝かせすぎて転倒した。
コースにも慣れてきて、つい自分のスキル以上のスピードを出してしまった。

バイクは対向車線を横切って茂みに突っ込んだ。
幸いなことに私はほぼ無傷だったが、おろしたてのHONDA純正の革ジャケットとディーゼルの
ジーンズに傷がついてしまった。

前を走行していた方に助けてもらい、バイクを茂みから取出した。
左側に倒れたバイクは左ハンドルとミラー、ウインカーが折れ、カウルにも傷が付き、
サイレンサーはベッコリと凹んでしまった。
できればガラスケースに入れて飾っておきたいと思うほど大事なバイクだ。
軽率に身の丈以上のスピードを出してしまった自分を恨んだ。

左手にクラッチを持ち、片手運転で何とか自走で帰宅したのち、カウルを外してみると、メーターや
フロントカウルを保持するステーがねじれて曲がっていた。
曲がったステーを外すと、フレームのとステーをねじ止めする箇所にひびが入っていた。
バイクのフレームのダメージは命取りとなる。
廃車という言葉がよぎった私は青くなったが、この場所はそれほど大きな力がかかる場所では
ないので、業者に頼んで溶接して誤魔化すことにした。

幸いハンドルは交換する予定でいたので代わりを準備済で、曲がったステーもオークションで
安く仕入れることができた。サイレンサーは練習会用の傷物の予備のものをつけていたので、
金額的にはそれほど大きなダメージはなかったのだが、今後の乗り方について考えさせれれる
一件だった。

休憩所では熟練ライダーのオジサマ方から、タイヤを変えて革つなぎ買えと言われていた。
私にとって革つなぎは本気でバイクに乗る方の装備で、自分とは縁のないものだと思っていた。
分かってはいたのだが、今後のバイクとの距離の取り方について再考する必要がある時期に
来ているのだろう。

あまり深く考えずにバイクを直して、楽しんでいたのだが、いずれこうなることは分かっていたはずだ。
相変わらず、私は煮詰まっている。

転倒の状況について仲良くなったご近所さんの彼にメールで報告したところ、すぐに大丈夫でしたか?
と電話がかかってきた。
彼は本当に驚くほど良い方だ。
転倒のショックも大分和らいだ。

失楽園5

5月初めに、冬季預かりに出していたバイクが帰ってきた。


塗装屋さんにお願いしていた部品の塗装に時間がかかり、当初の予定より大分遅れてしまった。
一年経ったが、残念なことに見た目しか変わっていない。

2013_2014.jpg

あれこれと試してみたい機能部品はあるのだが、いかんせん見た目に分かる腐食が気になってしまい、
部品磨きと防錆処理に手間暇がかかってしまった。
完全に盆栽と呼ばれる状態になってしまっている。
まあ私は恐らく、いい部品を付けても違いが分かるほどのレベルではないのでこれでいいのかもしれないが。
素人でも簡単に手をつけられるところは大分処理したのだが、まだまだあちこち気になるところがある。
外気にさらされている部品は経時的に表面が劣化していくので、この辺はいたちごっこに近いものがある。
できればフレームから防錆処理を施したいところなのだが、きりがないのかもしれない。
ディーラーさんからは、絶版となって久しい私のバイクの部品在庫は減る一方で、覚悟しておいてくださいと
いわれているのだが、新しいバイクを買えという意味なのか、本当に消耗部品が無くなって乗れなくなる日が
来るのか、ちょっとわからない。


先月、二輪車普及安全協会という団体の主催する練習会に参加した。
私は今のバイクに乗ってから低速走行、特にUターンが苦手になり、必要な場面ではいつも切り返しで
ごまかしていたのだが、当然できることならスマートに乗りたい。
一向に上達しない一番の原因は、転倒に対する恐怖心だ。
教習所で練習している際は、教習車には転倒してもいいようガードがついていたので、ある程度思い切りよく
体を動かせたのだが、ガードもなく転べばあちこちに傷がついてしまう自分のバイクではなかなか思い通りに
体重を預けることができないのだ。
というわけで、てこ入れを図ったのだが、練習会は自分のバイク持込みでの参加となるので、おっかなびっくりの
練習となり、一日でコツをつかめるほど事は簡単ではなかった。
練習会の日は何とか転ばずに帰ってこれたのだが、後日、練習中に2度も倒してしまった…orz
幸いダメージはさほどではなかったのだが、今後の事を考えると予備の部品を取り置きしておいた方が
良いのかもしれない。
だがそうなると、練習用ではない、本番用?の新しい部品はいつつけるのだろう?
ここ一番の日には本番用の無傷な部品をつけて走る、ってなんか族の正月の集会みたいだ。
実際のところ、バイクに乗らない方から見れば、私も族の方々もあまり変わりないのかもしれないが…

失楽園4

教授の転勤に伴い、大学のパートが打ち切りになってしまった。

今年に入ってから、体調を崩してしんどかったのである意味良かったのかもしれない。
失業後は焦ってしまい、体調が万全でもないのに、あれこれと手を出して
結局うまくいかなかった。
しばらくはあきらめて休養に専念するしかなさそうだ。
失業後すぐに休養していれば、今頃は良くなっていたのかもしれないが
まあ仕方あるまい。


ここ最近はオイルクーラーとセルモータ、アンダーカウルに手を出していた。
いずれもエンジン前方に配置されている部品で、汚れやすい。

オイルクーラーはエンジン前方の上部に、セルモータはエンジン前方の下部に
アンダーカウルはエンジン前方の下部に配置されており、とにかく錆びて汚れる。
エンジン本体の汚れは掃除すれば落ちるのだが、アルミむき出しのオイルクーラーと
セルモーターは、汚れが落ちにくいというかほぼ落ちない。
オイルクーラーとセルモーターは錆び汚れをやすりで削り落とし、アルミニウム用の
シルバーで塗装後ウレタンクリアでトップコート処理を施した。

アンダーカウルは、前輪の巻き上げた小石が当たるのでカウルの下面は傷だらけだ。
これらの清掃と汚れの付着を防ぐため、塗装と、ウレタンでのコーティングを実施した。

 オイルクーラー
oil_cooler.jpg

 セルモーター
SM.jpg

 アンダーカウル
UC.jpg

セルモーターはエンジンに直付されており、エンジンの熱をそのまま受けてしまうので、ウレタンの塗装に
影響がないかちょっと心配だ。

アンダーカウルはホイールとステップの色に合わせ金色にしたのだが、これは付けるかどうか迷っている。
なんかあまり金色をフィーチャーするとインドあたりの観光客を乗せるボロいバス見たくなってしまうのでは
ないかとちょっと心配なのだ。

いよいよ今週末にバイクが帰ってくる。
色々とやりたいことがたまっているのだ。

失楽園3

引き続きアルミニウムを磨いていた。


修理から戻ってきたFireStormはアルミパーツやらボルト類が錆びてひどい状態だった。
以下はタンデムステップだが、錆びて粉を吹いている。
ts.jpg

これは萎える、全くいただけない。
この部品は楽に取り外せるので、早々に磨いて取り付けた。
次に気になったのがメインのステップなのだが、これは素人には取り外しは無理、とショップの方に
くぎを刺されてしまったので仕方なく放置していた。

普段アパートの屋根のない駐車場にバイクを止めている私は、冬の間はバイクをショップに預かって
もらっている。
この間、気になっていたメインのステップに手を付けることにした。
現在のステップは預かり中も取り外しは不可とのことだったので、もう1セット中古で入手し、
磨いた後、さび止めを施すことにした。

アルミは塗装ののりが悪いらしく、さび止めはアルミ専用のクリア塗装でコーティングする必要がある。
せっかくなので着色することにした。
処理前
s_before.jpg
処理後
s_after.jpg
ゴールドのブラケットの部分は、ホイールの塗装をお願いしているホイール屋さんにガンコートという処理で
着色していただいたのだが、色味が黄色寄りで気に入らず、缶スプレーでゴールドを上塗りした。
羽のような部分はくるぶしが当たって擦れる部分なので、カーボン柄のシートを貼り付けた。
ここの部分は社外パーツで、カーボン柄のカバーが売っているのだが、お金がないのでシートでごまかした。
その後全体をウレタンクリアでコーティングした。

ブレーキ、クラッチともにペダルには中央に溶接跡のようなヘゲヘゲな線が走っており、これは前から
気になっていたので、この機会に磨いて鋭角的になるよう削りだした。
b_pedal.jpg

金属磨きは、突き詰めると一旦は鏡面仕上げとなってしまう。
ペダルは削って磨くうちにピカピカになっていくのが大変気持ちよく、サルのように磨いていたら
大分ピカピカになった。
単体で見るとピカピカで気持ち良いペダルだが、残念ながら組み付けると金色のブラケットと相まって
ギラギラしすぎだ。
ちょっとやりすぎてしまったので、ペダルはトーンを落とすことにした。

せっかく磨いたペダル(写真上)に、240番の荒目の紙やすりをかけて表面を荒らし(写真真ん中)、その後
アルミに直塗りできるという触れ込みのシルバーの塗料で塗装(写真下)。
鏡面仕上げは、磨きムラなど処理のアラがはっきりと目に見えてしまうのだが、塗装により大分アラが
目立たなくなった。
b_pedal2.jpg

この後ペダルをウレタンクリアでコーティングし、組み付ける予定だ。
ステップは足で踏みつける部分なので、コーティングがどのくらい持つのか不安だ。


私のバイクは主に青、シルバー、黒の3色で着色されているのだが、ホイールも含め、金色を足そうと考えている。
私は昔は派手なものを好まなかったのだが、歳のせいだろうか?趣味が変わってしまったような気がする。
金色なんて下品な成金のおっさんが選ぶ色だ。


冬の間はひたすら金属を磨いて、塗装していた。
体調は相変わらずイマイチだが、預けているバイクを取りに行くのが待ち遠しい。
一昨年は直すか売るか散々悩んだのだが、今のところは直してよかったと思っているのだ。

まだまだ気になるところがたくさんある…

失楽園2

ここ最近ずっとアルミニウムと戯れていた。

先月はレバーを交換した。
修理から戻ってすぐ、非力な私は誤ってバイクを倒してしまい、左のクラッチレバーが
曲がってしまっていたのだ。
ちょっと高価なアルマイト加工されたものも気になったのだが、結局純正タイプの
普通のものと交換した。
レバーは一度分解して鏡面加工を施し、一部をアルマイト風に塗装した。
レバー本体は磨きが足りなかったようで、輝きが足らない中途半端な出来になってしまった。


交換前
h_before.jpg

交換後
h_after.jpg

ホイール、ミラー、リアフェンダー、ラジエータカバー、ステップ、褪色したスイッチ、錆びた鉄製部品、
錆びたボルト類、錆びた私のスキル、挙げればきりがないほど、直したいところがたくさんある。
私は必死で8年間の空白をなかったことにしようとしている。
必死になるべきところはそこではないのは分かっているのだが、今の私を積極的に動かせるのは
バイクと友人だけだ。
私はすっかり囚われてしまっている。
多分、禅的にはよくない傾向なように思う。

半月ほど前から主治医に言われるままフルタイムの職探しを始めたのだが、体調に自信が持てずにいる。
先日、ちょっと仲良くなった人の好いホイール屋のオーナーさんに雇ってくれと頼んでみたのだが、
残念ながら人手は足りているという返事を頂戴した。
彼は私と同じ歳で、誕生日も3日違いだったのだが、それだけの偶然では雇ってはもらえないようだ。
実際、うん、といわれても困ったのだが。


無事に歳を取ったとして、自分の思うように体を動かせるのは、恐らくあと30年くらいか。
加齢とともに現実の経過時間と体感時間は大きくずれてきているので、実際には20年、下手すると
15年くらいに感じるほどの時間しか残されていないのではないだろうか。
これまで、あまり先の事を考えずに好きな事をしてきたのだが、最近いかんともしがたい焦燥感に
さいなまされている。
長生きしたいとは思ってはいないが、まだまだやりたい事はたくさんある。
まあ、そう思えるのは、恐らく悪いことではないだろう。
金属を磨いている場合ではないのだが…

失楽園

結婚して一年が過ぎた。

あっという間だった。

まだ一年もたたないうちから、私は不貞をはたらいている。
焼け木杭に火が付いてしまったのだ。
クラブのホステスに入れあげる中年オヤジよろしく、私は様々な装飾品を見つけては嬉々として
それを貢いでいる。
これは不倫だ。
だが私にはどうしようもないのだ。
この間超えた峠はきっと天城だったに違いない。
山、燃えてた。
でも私は、何があってももういいのだ。

意中の相手はまだ13歳だ。
ばれたら捕まるだろうか?
残念ながら、いくら私が貢いでも、相手には何も伝わらない。
相手はFireStormというバイクだ。

昨年10月、私は確かに重大な決断をした。
あれは本当に分岐点だったのだろう。
あの決断が良かったのか、悪かったのか、そのうち思い知る日が来るような気がする。
今のところ、私は大変満足している。
以前は休日、何もできず家で臥せっていることが多かったのだが、ここのところ
休日は私にとって待ち遠しいものになっている。
FireStormは易々と私の生活のトッププライオリティの座を持って行ってしまった。

3か月ほど乗り、大分昔の感覚がよみがえってきた。
最初乗った時はスピードの感覚が全くなくなってしまっていて、ただただ怖いばかりで
愕然としたものだ。
私は、白く錆びて粉を吹いてしまったアルミパーツを磨き、同じく点錆びだらけで磨くと
下地が出てしまうようになったボルト類を、少しずつステンレス製のものに交換している。
FireStormは徐々に美しさを増し、私は走っては止まり、うっとりとその姿を眺め満足しては
また走って楽しんでいる。
走行に直接関係ない部品をあれこれ変えて、眺めて楽しむことを盆栽というそうだ。
私が昔バイクに乗っていた頃は無かった言葉だ。
だが私はできればもう一台同じものを購入して、部屋に飾っておきたいくらいなのだ。
盆栽といわれても、全然平気だ。
興味のない方には分からないかもしれないが、ハンドルとハンドル周りのボルトを
交換した。
IMG_1084.jpg


私は朝起きた時が一日の中で一番疲れていて、体を動かすのが難儀だったのだが、ここ最近の
腰の軽さには自分でも驚いている。
やればできるではないか。


昨日は連れを乗せて、日帰りで鳴子温泉に行ってきた。
秋晴れの乾いた空の下、稲刈りの始まった田園地帯を車のスピードに合わせてのんびりと走る
その気持ちよさを、忘れっぽい私は記憶に留めておくことができるだろうか。
覚えていたとして、それを懐かしく思い出すとき、私はどうなっているのだろう。


あれこれと貢ぎたいものがまだたくさんある。
経済的にそんなことをしている余裕はないのだが、私の金銭感覚はすっかり狂ってしまった。
中島みゆき先生によると、夢だとわかって目が覚めないから夢中というのだそうだ。
しばらく、麻痺したまま楽しもうと思う。

相変わらず連れが好意的にフォローしてくれているのが大変ありがたい。
連れに感謝。

分岐点

盛大に悩んだ。

のっぴきならない事態が勃発し、乗るのか売るのか、長年判断を保留にしてきたバイクの処遇を
決断しなければなくなってしまったのだ。
最後に動かしたのは、8年くらい前だっただろうか。

4年程前、休職中だった頃、再びバイクに乗ろうと決心してショップに電話したことがあった。
かかる費用の概算を聞き、改めて通帳を確認した私は、預金額の減り方を見て愕然とした。
とてもバイクになど乗っている場合ではなかった。
私は昔、お金の管理が杜撰だったのだ。
就職後、趣味は音楽とバイクだけで、人付き合いもなかった私は、好きなだけ趣味にお金を使って
いたのだが、それでもお金に困ることはなかった為、節約するという概念がまったくなかった。

病気の影響で、収入が激減していたにもかかわらず、支出を改めることを全くしなかったのだから
預金額が減る一方なのは、当たり前のことだった。
そんなことに気が回らないほど、私は経済観念がなかった。
それ以降、家計簿をつけることとなり、私は節約に励んだ。

一旦は乗ることを諦めた私は、バイクのカウル(外装部品)を外し、実家の部屋に保管した。
その時は、売るという決断ができなかったのだ。
以後、実家に帰っても、駐車場のバイクからは目を逸らし続けた。

いよいよ、決断を迫られた私は、当初はバイクを手放すつもりでいた。
だが、実家に戻り、封印していたカバーを外し、カウルを取り付けてしまうと、決心が揺らいだ。
中身は、8年近くの放置プレイにより、ボロボロになっていたのだが、外観はきれいなのだ。
おまけに、なぜか連れはバイクの話になると、決まって乗れ乗れと私を煽るのだ。

IMG_1089.jpg

決心が固まらないまま、CMで有名な、某中古バイク買い取り専門店に査定をお願いした。
トラックでやってきた店員さんは、一通りチェックし、10万円という査定額を算出した。
おかげで私は、10万で売るくらいならば、乗ろうという気になることができた。
だが、私の心替わりを察した店員さんは、私を説得し始めた。
この歳で、このタイプの乗車姿勢の厳しいバイクに乗り続けることの大変さ、維持費用、
長期不動車の整備後の故障のリスク、8年もバイクに乗らなかった人は、今後もバイクに
乗ることはまずないだろう、などと様々な視点から、私にバイクを手放すことを進めるのだった。
彼も簡単に手ぶらでは帰れないらしい。
最終的に倍の金額を出すとまで言い始めてしまった(笑)
だがこの時点で、私の悩みはいくらで手放すかということではなく、乗れるのか、乗れないのか
その点にシフトしてしまっていた。
前に乗っていた250CCのバイクは、気軽に乗れる気安い奴だった。
だが今所有している大型バイクは、腰を据えてバイクに乗る覚悟が必要であるということを、
購入後乗っていた1年半という短い期間で身に染みて理解していた。
おまけに今私が置かれている状況を冷静に鑑みると、バイクになど乗っている場合ではないのだ。
店員さんの言うことはセールストークでもなんでもなく、すべてもっともなことで、だから余計に
私は悩んだのだ。
店員さんには大変申し訳なかったが、その日は頭を下げて手ぶらで帰っていただいた。
最初は、今日決めていただけない場合は2度と来ることはありませんといっていた彼は、明日
気持ちが変わることがあったら連絡してくださいと言い残して、空のトラックで帰って行った。

その晩、大いに悩んだ。
今のバイクを乗れる状態にするためには、車検代込みでかなりの金額がかかるという話だった。
私が、バイクに乗らなくなってしまったのは、バンド活動を始めてしまったことが大きく影響していた。
私は器用な人間ではないので、掛け持ちとかできないのだ。
だが、色々とあって、私はこの夏にバンド活動及び楽器の演奏からは身を引く決心をしていた。
音楽はMIDIで作曲だけしていこうと決めたのだ。
もう休日に、いつかかってくるかわからない練習の誘いの電話を待つ必要はなくなった。
東京に住んでいた頃、バイクに乗る事と、MIDIで曲を作る事は、どちらも満足に両立できていた。
だが、今の私にはあの頃の体力はなく、おまけに妻帯者で、失職中だ。
どうしたらいいかわからなくなった私は、もう易者にでも相談したいくらいだった(笑)

結局、私はバイクを修理することにした。
公道を走れる状態に戻して、乗ってみて無理があるようだったら、その時に手放そう。
最悪数十万の出費で手元に何も残らない事になるのだが、8年も放置したのは私だ。
自分のお金で元の状態に戻すのが多分筋だろう…よくわからないが。

翌日、ホンダのディーラーさんに連絡し、修理費用の見積もりを確認した。
やはり前日店員さんが言っていた通りのかなりの費用だった。
ちなみに、査定額を確認してみたところ、ディーラーさんのつけた値段は5万円だった…orz
修理には時間がかかるらしい。
心と体の準備ができていない私は、なるべくゆっくり修理してくださいとお願いして、
バイクを預けたのだった。

まずは置く場所を確保しなければならないだろう。
どうなることやら…

Firestorm

昔、私はバイク乗りだった。
16歳で原付を取り、18歳で中型を取り、22歳で大型を取った。
社会人になってからも4年ほどは乗り続けていただろうか。
自分は一生バイクに乗り続けるのだと思っていた。

大学生の頃、HONDAがVTR1000F Firestormというバイクを発表した。
V型2気筒の1000CCのバイクだった。
学生の私にはとても手の出せる代物ではなかった。
まあ免許もなかったのだが。
以下だ。
Honda-VTR_1000F_Firestorm-2005.jpg

一目惚れだった。

その頃私はXELVIS(ゼルビス)という不人気車に乗っていた。
ちなみに以下だ。
1010235_00_1992_02.jpg

XELVISはHONDAの250CCの名車VT系のバイクで、大柄ながら、ポジションも楽で、長距離乗っても
疲れないツーリング向けのバイクだった。
ちょっと個性的なスタイリングが、いわゆるイケてるライダーからは馬鹿にされていたのだが、
私は大真面目で、XELVISの鋭角的なデザインに惚れ込んでいた。
高専を卒業し、大学に編入しなくてはいけなくなったとき、私は迷わず北海道の大学に決めた。
ツーリングライダーの聖地北海道で、存分にツーリングしよう、というそれだけの理由だった。
大学では必要最低限の単位をとるにとどめ、寝袋とわずかな現金だけを持って、あちこち
ツーリングして回った。
いつも一人だった。
XELVISは元気に走ろうと思えば、操舵性も良く、くるくるとよく回る良いバイクだった。
結局6万km位乗っただろうか。

東京出向が終わり、実家に戻ってくると、私は迷わずVT1000F Firestormを購入した。
5年越しの恋の成就に、私は有頂天だった。
平日の帰宅後は、月灯りに照らされた美しい車体のシルエットを飽かず眺めていた。
残念なことに、セパレートハンドルのFirestormはツーリングすると、背中の感覚が
麻痺してしまうほど、前傾姿勢を強いられるバイクで、長距離乗るには体力が必要なバイクだった。
新しい相棒に体を慣らしていた最中に、友人からバンド加入のお誘いが来た。

当時、私はキーボードの演奏スキルはヘロヘロで、バイクに乗る時間がなくなってしまった。
あれから7,8年ほど経ち、バイクは実家の駐車場でひっそりと朽ちていく過程にある。
すっぱり売ればよかったのだが、女々しい私は、バンドが落ち着けばまた乗れるだろうと
考えて、売る時期を逃してしまった。

今日ご紹介する曲は、社会人なり立てで、Firestormにこがれ続けていた頃書いた曲だ。
タイトルはズバリFirestorm、もう10年近く前に書いた曲だ。
今とは作曲方法も違う。
キーボードは入っていないのだ。

この曲も録音したいのだが、いかんせん妄想爆発で、思う存分にピロピロしたせいで、演奏の
難易度が高く、何度かキーボードでトライしては挫折している。
現在はドラムと二人で練習に入る際、私はベースラインを引いてお茶を濁しているのだ。

追記
今週末はちょっと忙しく、親しくさせていただいている方のところへの訪問ができませんでした。
明日以降、ゆっくりとお邪魔させていただきますm(_ _)m







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