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one

一人でも私は生きられるけど、でも誰かとならば人生ははるかに違う。


私の心の師匠、中島みゆき先生の名曲「誕生」の冒頭の歌詞だ。
昔、人付き合いがうまくできなかった頃、この歌詞を聞き深くうなずいたものだった。

今はあまり経済的に余裕がないのでだいぶ読書量も減ってしまったが、昔は好きな作家さんが沢山いて
文庫本で彼らの新刊が出るたびに無条件で購入して読み漁っていた。
今では、自然と手が伸びてしまうのは貫井徳郎さんと、桐野夏生さんと、白石一文さんのお三方くらいだろうか。
白石一文さんは特に好きな作家さんで、彼は最近運命の人をテーマにした作品を多く発表している。
先日入院中に読んだ「翼」は衝撃的だった。
ストーリー的には多少無理なところがあるのだが、考え込んでしまうセリフがあった。
おそらく白石さんはこのセリフを書くために、この物語を用意したのではないだろうか?
ネタバレになってしまうが、独身30代キャリアウーマンの主人公の女性に対し、学生時代の主人公の親友の
旦那がプロポーズするシーンがある。
この旦那は主人公の親友と結婚して10年が過ぎており、子供も二人おり、家も建て生活は安定している。
物語は10年ぶりに妻の親友であった主人公と再会するところから始まる。
再開後あれこれとイベントが起こり、問題のシーンで旦那が自分の運命の人と確信している主人公に結婚を迫る。
主人公は、
 あなたの提案はあなたの妻や子供を不幸にする。誰かの不幸の上に成立する幸せなど考えられない。
といった趣旨のことを述べ拒絶する。
常識的な判断だと思う。
それに対し彼が言った言葉が
 僕らは誰かを不幸にしないために生きているのではない。
というものだった。

人に迷惑をかけてはいけないというのが、今の世の中における大前提といっていい基本的なルールだ。
旦那の放った言葉はそれを真っ向から否定するもので、非常に自己中心的だ。
ただし、彼は主人公を運命の人と気付いていて、まさに自分の人生の全てをかけてこのセリフを絞り出している。
要するにどう生きるかとう問題に帰結するのだろう。

運命の人と書くと大げさだが、子供のころは自然と波長の合う友達を選んで作れていたものだ。
おそらく子供なりの独特の嗅覚で、こいつとはうまくいくという確信を得て選んでいたのだろう。
大体クラスか、学年に数人はそういう波長の合う人間がいたものだ。
なんとなく私は運命の人とは、この程度のつながりのことなのではないかと解釈している。
だが実際異性と付き合うというのは、子供のころ気の合う友達を作るとことと比べ、はるかに難易度が高く
しかも学年に数人という確率の相手を見つけるのは非常に困難なことだ。
数十人の異性と交際し、慎重に結婚を決めましたなどという人はほとんどいないだろう。

たいていの既婚者は潮時だの縁だのといった言葉で、違和感を黙らせて頃合いのいいところで結婚を
決めてしまっているのではないだろうか?
ただ、確かに高齢になっても新婚の頃のように仲睦まじく暮らしている幸福な夫婦も実在する。
白石さんは別な著作でこういう組み合わせの方々を、お互いにかけがえのない相手であるという徴に
気付いているはずだとか、そんなような書き方をしていた。

自分の真の幸福と、自分の大事な人の不幸を天秤にかけるような状況が出来した場合、どちらを
選択するのが正しいのだろうか?
そもそも結婚相手から気がそれてしまうようなくらい、この人だという人が現れてしまった時点で、
気がそれたまま、それまでの暮らしを維持するということは結婚相手に対して失礼なことのような気もする。
生き方としてもどうなのか疑問が生じる。

残念ながらたいていの人間は一生大事にすると誓った相手を、本当に一生大事にできるほど強くない。
私の大好きな漫画家さんの新井英樹氏は名作ワールドイズマインのなかで登場人物にこう語らせている。
 人間である以上、信念や信条などといったものは曖昧極まりない。
 人は性分によって行動し、行動のみがその人間を裏打ちする。
ぐうの音も出ない言葉だ。
結局人間は、多くの局面において自分のやりたいように行動してしまうものなのだと私もそう思う。

「翼」を読んだ後、私は例によってウジウジと悩んでいるわけだが、幸いすぐに答えが出る類のものでは
ないので、このままグダグダと考え続けるのだろう。

白石さんの小説と比べると、中島みゆき先生の「誕生」は随分と奥ゆかしく感じる。
出発点が一人で、相手は不特定の誰かだ。
もちろん相手は誰でもいいというわけではないのだろうけれど、この辺の表現の仕方にみゆき先生の
深い孤独を感じ取ってしまうのだ。
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近況4

ただ死ぬのは嫌だった。

思春期、人とうまくコミュニケーションが取れず、人付き合いを通じての楽しみをほとんど享受することが
できなかった私は、作曲に没頭した。
高校の頃の友人に初めて自作の曲を聴いてもらった時の反応が予想以上にいいもので、承認欲求の強い
私はもっと評価されたい、その一心で曲を作り始めた。

今も昔も、世の中は厳格な格差社会のもとに成立している。
残念ながら世の中上手くやったもの勝ちだ。
そこに道徳だの倫理だのが介在する余地はない。
既に出来上がったピラミッドの上層にいる人間が、下層の人間から搾取する形は、基本的には
昔から変わらない。
下層にいる大多数の人間は、みな額に汗して働いて搾取され、生きて死ぬ。
個々の人生に何を求めて生きるのかは人それぞれだ。
ヒエラルキーの上層を目指す方もいるだろうし、家族を作り子をもうけ、一般的な幸福に満足を
見出す方もいるだろう。

コミュニケーションスキルが極端に低かった私は、幾度かの挫折の後、人付き合いは限定した
範囲にとどめ、自分が満足できる音楽を作ることを最優先時事項とした。
CDと小説を好きなだけ買えて、普通の生活さえできればそれ以上の金は要らなかった。
金は手段であり目的ではない。
昔の私は自分の殻に閉じこもりシンプルに生きていた。
人との付き合いに楽しみを求める術を持てなかった私にとってそれは正当防衛のようなものだった。


病気になり、結果的にそれなりのコミュニケーションスキルを身に付け、結婚までした私には
これまでなかった選択肢ができた。
選択肢というよりは義務といった方がいいのかも知れない。
現在は音楽を休憩し、直したバイクに乗りそれなりに楽しんでいた。
だが最近、どうしようもない焦燥感にさいなまされている。
バイクは楽しい。
もっと上手くなりたいとも思うし、スキルの上達が実感できたときは素直にうれしい。
バイクに乗ることによって得られる楽しみ、快感は刹那的なものだ。
残念ながら何も残らない。
おまけにバイク本体の気になるところに手を入れ始めると、金がいくらあっても足らない状態になる。
先の事を想像する。
乗り続けていれば、スキルはある程度上達し、ある程度満足することは可能だろう。
だが私はもういい年だ。
運動能力は衰えていく一方であるという事を考慮すると、自分が満足できる形でスポーツ走行を
楽しめるのはあと何年だろう?



私は今、切実に金が欲しい。
自分でも馬鹿じゃないかと笑ってしまう。
戸建と人目や時間、音を気にせずバイクを整備できるガレージが欲しいのだ。
戸建に住めば、連れが飼いたがっている犬も飼えるだろう。
連れが実は本当に欲しがっている子供もまだ間に合うかもしれない。


結局は観光地に自分の名前を落書きするような輩の心理と同じなのだろう。
今だと厨二病と馬鹿にされるのだろうが、私は何か形になるものを残したいと思ってこれまで生きてきた。
私にとってはそれは音楽で、どういう形でどこに残るのかはわからなかったが、昨日までこの世に
存在しなかったものが、自分の手によって創出されるという事に、単純な喜びを見出していた。

過去の私と、今の私には極端なねじれが生じ、私は混乱している。
恐らく両方の私を満足させることはかなり難しいだろうと直感的にそう思う。


いずれにせよ、やらなければならないことは決まっている。
体調を元に戻し、仕事を見つけることだ。

恐らくほとんどの方が、バイクで満足して、ただ一人の家族の幸せを最優先にしろというだろう。
だが私は未だに過去の私に縛られているのだ。
そもそも才能があるかどうかすらもわからないのに、なぜこんなに執着してしまうのか?
傍から見たらたいそう痛く愚かに映る事だろう。

近況3

あがくだけあがいて、実のない一年を過ごしてしまった。


canariaさんの突然のブログ閉鎖は、私だけでなく、多くのブロ友さんに影を落としているように見える。
私は昨年、こちらでcanariaさんの作品のキャラクターをモチーフとした曲を公開し、できれば一年以内に
続きを書きたいと考えていたのだが、残念なことに続きどころか、趣味レベルでさえ1曲も仕上げることが
出来ていない。


一昨年の9月、長い付き合いの友人と袂を分かった。
いい歳して何をやっているのかと自分でも思う。
長年鬱積していた些細な不満の数々と、決定打となってしまったある出来事により、私は友人を
以前のような目で見ることができなくなってしまった。
他人と完全に理解し合うのは不可能だと以前どこかで書いた。
他人にこちらを向いてほしいとき、自分ができることは、歩み寄ってアプローチする事だけだ。
結果は相手次第、誰であれ他人を自分が望む方向に動かそうと思うのは傲慢な事だ。
わかってはいたのだが、私は自分のアクションの結果を期待して待つのに疲れてしまった。

友人とは一緒に音楽をやっていたのだが、今後は音楽は一人でやろうと決意した。
だがふたを開けてみると、一人でと決意したのちに作った曲はわずか数曲しかない。
体調不良によるところも大きいのだが、やはり最大の聴き手が居なくなってしまった影響の大きさは、
認めざるを得ないだろう。
他人に過剰に期待することの危険性については身を以て十分すぎるほどに理解していたつもりなのだが、
恐らく私は学習能力がないのだ。


失業後、再就職する際に病気の話を伏せておけるよう、様々な手を打ってきた。
だが何もしないで休養するという選択を避けたのは、間違いだったようだ。
実際のところ友人の件も含め、新たにストレスとなる面倒事もいくつか発生しており、それも影響して
いるとは思うのだが、体力的にかなり緩かった筈のパート勤務すらまともに続けられないという現実を
目の当たりにして、結局休まざるを得ないのだという結論に達した。
頭では分かっていたはずなのに、ここまで決断が遅れたのは私の肝っ玉の小ささによるものだろう。


canariaさん不在の一年は長いようであっという間だった。
往生際の悪い私は、まだ続きを作るという事をあきらめてはいない。

ところで、私はなんでcanariaさんに固執しているのだろう?
まだ懲りずに何かを過剰に期待しているのだろうか?
であれば何を?


幸いなことに私は今、音楽から少し距離を置いて、長年の封印を解いたバイクに夢中だ。
何か一つでも没頭できるものがあれば、たぶんまだ大丈夫だ。

不惑

色々と揺らいでいる。足元ガタガタだ。


唐突だが、神様は自分の中にいると思い込んでいた。
だから私には宗教は必要ない。
傲慢にも善悪の判断くらいは自分でつけられると思っていたのだ。
その時々において、どの判断が自分の神様の決めたルールから逸脱しないか、そんなことを
考えながら、自分の行動を規制してきた。
いつの頃からかわからないが、死ぬ直前に自分の人生を採点する瞬間が来るのだと何の根拠もなく
そう思っていた。
その時は身贔屓なしで客観的に冷徹に厳しい目で採点できるものと、これまた根拠もなくそう思っていた。
私は、点数というものに弱い。
恐らくプライドが高いせいだろう。
これまで点数をつけられるような状況下では、できうる限りの努力をしてきた。
点数という指標がなければ、さほどの努力はしなかっただろう。
なので、自分の人生に点数をつけるとなったら、当然良い点数がほしい。
私は10代の頃にボランティアについて考えることを放棄した。
自分の手に負えるものではないとあきらめたのだ。
これは減点対象だ。
私はしょっちゅうスピード違反をする。
これも世間的には減点対象だろう。
ただスピード違反は自分の中ではそれほどの罪悪感はない。
私の中の神様は実は非常に身勝手で社会性に欠けるところがある。
いずれにせよ私はもう自分に満点をつけることができない。

ここ数年で私がおかれた環境は激変した。
自分の中の様々な正義、道徳、倫理観もあやふやになりつつある。
そもそも道徳や倫理観などは時代や社会によって形を変えてしまうところがある。
今の社会のそれは、今の社会でしか通用しないだろう。

たとえばご先祖様を大切にしなさい、という教えがある。
無条件にそういうものだと思い込んでいたのだが、5代も10代も前のご先祖様が、自分という
存在の事を真剣に考えたことはなかっただろう。
少なくとも自分は、自分に子供ができたとして、その数代先の子孫から慕われたり、自分の存在を
ありがたがったり、考えてほしいなどとは全く思わない。
子孫繁栄という言葉があるが、私にとってその言葉が全くリアリティがないのは、今現在私に子供が
いないためだけではないように思う。
恐らく数代前の方々もそうだったのではないだろうか。
自分の人生を必死に生きて、子供を作り育て、死に、無に帰って行っただけだ。
死を無に帰る事と定義すると、生前の関わりのみが重要なのではないか?そう思ってしまうのだ。
ご加護という見返りが期待できないから、重要視しないとかそういった次元ではなく、
数世代前の彼らもまた、自分と同じように生きて死んだというだけの事で、そこには自然の営みだけが
あったという事なのではないかと思うのだ。
これは宗教の問題だろう。


長じてから自分の親を客観的に観察すると、正直人の親足りうる資格があったのか疑問だ。
私は子供を作るのが怖い。
いうまでもなく、動物として生まれてくる子供を、人間として一人前に仕立てあげるというのは
大変な一大事業だ。
当然、作ったからには、膨大な労力と経済的負担を強いられることになるという覚悟が必要で、
かつ自分には子供の見本となるべき行動が求められるだろう。
私の両親には、私を生み出す時、そうした覚悟があっただろうか?
親孝行はして当たり前の事だ。
それを暗に強制するのは野暮というものだろう。
私の両親は、親に向かって、という言葉が口癖だった。
頻繁に切られるそのカードの前で、私はなす術がなかった。
だから私は、自分の子供には強引に頭を抑え付けるような、その言葉は絶対に使いたくないと
考えている。
こうした諸々の事を踏まえてなお、自分は子供を作り育てることができるのか?
正直今の自分には分からない。
だが今の自分には先延ばしできる時間もなく、恐らく1,2年のうちに決断しなければならないだろう。


私は色々な面で行き詰っており、余裕がない。
加えて、盤石だと思っていた地面は、マクロな視点で見ると、流動するマントルの上で揺れ動く
薄皮一枚程度の脆弱なものだった、ということに最近気づいてしまったのだ。

私は自由になる必要があるのだろうか?
自由にしていいのだろうか?
正しく生きるとはどういう事か?
正しい必要は多分あるのだろう。


今年は1曲も曲を作れなかった。
20の頃からPCで曲を作り続けているが、これは初めての事だ。
来年はできれば音楽に集中できる時間を作りたい。
残念なことに、さしたる才能もないのに、これにしがみつくことはやめたくないのだ。

私はもうじき40になるというのに、不惑という境地には程遠いところにいる…
独り立ちすらかなわない有様だ。
心細い年末だ。

近況2

先月21日から短期のパートを始めた。

自分でもよく把握できない体の調子を確認するために、あまり心身に負担の少ない
(と言ったら不謹慎になるが)パートをすることにしたのだが、数件の不採用の後、
なんとか希望に沿う職にありつくことができた。
パートとはいえ、出来れば今後本格的な仕事に就く際に、履歴として残せる仕事をと
欲張って分不相応なことを考えていたので、少々時間がかかってしまった。
幸いなことに職場の環境は悪くはなく、特に自分のペースで仕事ができるという点が
非常に助かっている。
付け焼刃で取得したOfficeの資格だったが、3か月たった現在、案の定普段使わない
Accessなんかはすっかり忘れてしまっていた。
現在の職場はできれば実験データを統括的に管理した方が良いといった状況にあるのだが、
管理ソフトを使える方がおらず、私は付け焼刃の知識でデータの整理をさせてもらう事になった。
やはり試験対策だけでは身につかないもので、参考書を見ながらマイペースで復習させて
もらっているのだが、こういった実践の機会を与えてもらえるのは大変ありがたい。
おまけにお金までもらっているのだ。
給料泥棒状態にならないようにせねばなるまい。

残念ながら体調は相変わらずだ。
身辺でゴタゴタがあり、朝の調子は職業訓練中よりも悪いのではないかと思うほどだが、
幸い仕事の始業時間が10時とゆとりがあるので、今のところ仕事に支障をきたすことはない。
おそらく、一生この手のゴタゴタからは解放されないのだろうと最近思う。
であれば、耐性を身につけるしかないのだろうが、禅寺にでも通えばいいのだろうか?


現在の仕事は期間が決められている。
延長できるか否かは今のところ上司も誰も知らず、大人の事情によって決まるのだそうだ。
できれば決められた期限よりは長く勤めたいのだが、話を聞く限り努力でどうにかなる事では
なさそうなので、気は楽というものだ。
せいぜい、与えられた仕事を淡々とこなそうと思う。


毎回同じ文言で大変申し訳ないのですが、引き続き余裕のない状態で、訪問やコメントなど
思うようにできない状態が、常態になってしまっています。
今しばらく時間をいただきたいと思います。ご容赦ください。
今回はコメント欄は閉じさせていただきます。

近況

芯がグラついている。

なんだろうか?

去年くらいからだろうか。
さまざまなことを保留にせざるを得ない状況が続いており、その場しのぎで
重要な事、重要でない事を同列に判断してしまっているような気がする。

自分の意志と、実際の行動や出来事が大きく乖離してきており、時々素に戻って
自分の決断に驚く、といったことが増えている。
なんだか自分の事なのに、すべてが他人事のように思えてしまうのだ。
電車の車窓から、流れる景色をボーっと眺めている感じだ。


先日、連れに時間ができたので、新婚旅行もできず申し訳ないなと思っていた私は
ベタだが急遽、ハワイへ旅行に行ってきた。
実感はあまりないのだが、おそらく私はそれなりに楽しんでこれたと思っている。
連れが終始楽しそうにしてくれていたことは良かった。

それにしてもハワイでの日本人の幅の利かせっぷりには驚いた。
交通量の多いワイキキ周辺を日本人観光客専用のフリーバスが4分に1本とかの
頻度で走っているのだ。
ハワイの人はたくましく、厚かましい日本人をものともせず、笑顔で商売に徹している。
私はちょっといたたまれなかった。
IMG_1313.jpg


失職してからというもの、結婚式をしても、職業訓練で勉強していても、旅行をしていても、
どうしても場違いという言葉が頭を離れずにいる。
何をしていてもこんなことをしている場合じゃないという思いから解放されずにいるのだ。

先日週4日、1日6時間というゆるい派遣のバイトの求人を見つけた。
今の体調を鑑みると、勤務時間はそのくらいが限界だろう。
病気と知ってなお雇ってくれる会社であることを祈るばかりだ。


ブログ、すっかり皆さんの輪からぬけでてしまいました。
抜け出た長縄跳びの輪に入るタイミングをつかめないでいます。
すみませんが、ゆっくりじっくり、前のペースに戻りたいと思います。

ご迷惑おかけしてもうしわけありません

gimonia

職業訓練3

2月に置いて行かれた。

3月1日に職業訓練が終わった。

とても密度の濃い3か月を過ごした。
目標だった資格はExcel/Wordは合格、AccessとPower Pointは結果待ちだが、Power Pointは
ともかく、Accessの方がイマイチ理解しきれていない状態だ。
仮に受かったとしてもまぐれなので、結果を待たずにAccessは再試を受けることにした。

講習は、3か月でオフィスのソフト4つの講習と検定の受験、コミュニケーションスキルの講習を
行うというタイトなもので、特に3か月目からは就活をはじめなさいとケツをたたかれるので
結構ハードだった。
実際、検定前など勉強が忙しい時期は、朝に体が動かなくなり遅刻してしまうといったことが
数回あり、まだまだフルで働ける状態ではないのだなと少々落ち込んだ。
だが最近、音楽を楽しんで聞けるようになってきている。
これはポジティブに捉えてよい事だろう。

懸念事項だった人間関係については、思いのほか首尾よく立ち回ることができた。
皆さん大人で癖のある方がいなかったということが幸いだった。
最初は縮こまっていた私だったが、相手は皆同じ土地に住み、同じ日本語を使うのだ。
方言も通じる。
こちらからコンタクトを試みると何かしらのリアクションがきちんと帰ってくることを
確認した私は、自分に向こうから話しかけてもらえるようになろうというノルマを課した。
とはいえ、ナメクジみたいなじっとりした人間が急にフランクになれれるわけはなく、
3か月はちょっと短すぎた感じだ。
でもまあ、全員の方とそこそこ仲良くなることができ、結果の方は、80点くらいだろうか。
私にしてはまあ上出来だったのではないかと思う。

職業訓練を受けると、3か月以内に職を見つけなければならないらしい。
これは想定外だった。
訓練は市の税金を使って行われているものなので、確実に職に就くという形で、実績を
出さなければならないという事なのだろう。
だが体調的にまだまだフルタイムで働けますとは言えない感じだ。
3か月以内の件はバイトでもいいらしいので、当分は軽いバイトをしながら、職探しを
しようかと思う。


最近、私の人生、今揉まれているぞ、という感じがとてもする。
正直そんなところまで揉んじゃうの!?という感じだ。
気持ちいいのか悪いのか、そんなんされたら変な声とか出してしまうぞ。
いいのか?


ということで、ようやく一息つける状態になりました。
すっかり放置、ご無沙汰してしまって、本当に申し訳ありません。
放置中も訪問してくださった皆様、ありがとうございます。
明日から、ゆっくりとご訪問させていただきたいと思います。

gimonia

2012-2013

年末年始があっという間に過ぎ去って行ってしまった。
ろくにご挨拶もできず、大変申し訳ありません。

年末年始は、カレンダー通り9連休でしたが、それなりに忙しく、用事がない日はくたびれて
寝て過ごしていたので、勉強できませんでした。
体力の衰えを如実に感じた9日間でした。

2012年は、なかなか大変な年でした。
良い事も、悪い事も波の規模が大きすぎて、私はただただ激流に身を任せてやり過ごすしか
ありませんでした。
2011年も大変な年でしたが、記憶力の悪い私でも、2011年、2012年はどちらかというとあまり
良くない形で、記憶に残る年となってしまいました。
2012年に私の身に起こった一連の出来事は2011年の震災に起因していた事が多かったように
思います。
今年はまずは無事仕事を見つけて落ち着いて過ごしたいのですが、もしかするとこれから
一生ずっとこんな感じで、大変な目に遭い続けるのではないかと、ちょっと怯えております。

ブログの方も自然と制限された形で続けることとなってしまい、その点についてはとても
残念に思っています。
もしかしたらあったはずの新しい良い方との交流の機会を逸してしまったような気がしています。
ただ最近は、私にはもう十分過ぎるほどの良い方とのパイプがあるので、これ以上幅を広げる
必要はないかなとも思っているのです。
というか、既に懇意にしていただいている方との交流も、大分制限されてしまっているので、
なんとか身辺を整理して満足いく形でお付き合いできるようちょっと頑張ろうかなと思います。

訓練の方は、環境に大分慣れてきました。
といっても休憩室にお茶を飲みに行くのに気を使わなくなったという程度なのですが。
ExcelとWordの試験が26日に迫っており、ここ最近は必死に容量の小さい脳みそに、知識を
詰め込む作業を続けていました。
詰め込む先から忘れていくので、賽の河原の石積みの様なエンドレスな雰囲気になってきています。

更新をサボっている間も訪問してくださっていた皆様、本当にどうもありがとうございます。
申し訳ありませんが、2月いっぱいはノロノロ運転が続く予定です。

遅くなりましたが、改めまして今年もよろしくお願いいたします。

gimonia

職業訓練2

私は女好きだ。
のっけから何書いているのかと思われる方もおられるかと思う。
職業訓練がつらくて、やけになっているとかではない。


中学を卒業して以降ずっと、男社会の中で生きてきた。
高校のときは40人のクラスに女性が5人、大学のときは100人の学科に女性が1人、入社してからは
同僚はみな男性で、所属する部署に事務の女性が1人とかそんな感じだ。
男性とすら上手く接することができなかった私にとって、女性は異邦人どころか異星人みたいな
ものだった。

就職して2年くらいの頃だったか、私はせっせと曲を作っては友人Kに聴かせ、その反応を窺う
ということを続けていたのだが、自分がKに対して何を期待しているのか、悩んだことがあった。
自分の行為が、想い人に恋文をしたためる恋にとらわれた人のそれと変わらないのではないか?
と、ある時ふと思ったのだ。
これには随分と悩まされた。
自分では同性愛の方に対する偏見はないと思ってはいるが、そのことと自分が同性愛者であるか
どうかということはまた別の話だ。
自分のアイデンティティーを根本から覆しかねない大きな問題にしばらく当惑した私は、
 自分はKの手を握りたいか?
という、大変バカバカしく、くだらない自問によって、落ち着きを取り戻すことができた。
答えは勿論Noだった。
Kの手なんぞ触りたくもない。
私だってつなぐなら女性の柔らかい手の方がいい。
というわけで、自分は女好きだと確認できた私は、安心して曲作りを再開することができたのだ。
一応、今年結婚した連れも男性ではなく、女性だ。


面接のときから様子がおかしいとは思っていたのだが、職業訓練の入学式はちょっと面食らった。
20人のクラスなのだが、男性が私含めて3人しかいなかった。
見ず知らずの人と3か月間うまくやっていけるか?という不安は、出方を間違うとハブられる、という
恐怖に変わった。
アイウエオ順に並べられた席次で、2人掛けの席の隣になったのは、S君(33)という年下の男性で
彼とはすぐに仲良くなることができた。
同じ境遇に置かれているのだ、さほど言葉は必要なかった。
だがS君は、めでたく次の仕事の内定が決まり、彼は1週間で早々に退学してしまった。
現在私の隣の席では、室内の空気の撹拌用に準備されたサーキュレーターが稼働している。
もう一人の男性O君(33)とも、今のところうまくやれている。

女性はたくましい。
またたく間にコミュニティを作り上げ、3,4日程で、もう3,4年くらい通っているのではないかと思う
くらいに、学校に馴染んでしまった。
休憩時間、高らかに笑い声をあげる彼女たちの横で、私は自分のペースをつかみかねている。
出る杭は打たれるが、引っ込めば埋もれてしまう。
そもそも周囲の杭とは男性というだけで、材質から違うのだ。
おそらく、見ていないようで見られているし、見られているようで、見ていないのだ。

対人恐怖も大分緩和し、女性とも普通に話せるようになったと思い込んでいたが、甘かった。
だが、この状況は多分極端だろう。
男ばかりの環境に身を置いていた頃は、多少は華があるといいのにと思っていたのだが、
ちょっと華咲き過ぎだ。

資格の方もなめていた。
試験対策の本を購入したのだが、仕事で使いこんでいたEXCELですら相当の勉強が必要だ。
しかも試験は1月末なのだ。
年末年始は勉強しなければならない。


ここ2週間は帰宅後ぐったりと疲れて、その日の学習内容の復習はおろか、お世話になっている
方のブログへの訪問、コメントも滞っていた。
なんだか、最近の決まり文句になってしまっているようで、申し訳ないのですが、体が慣れるまで
しばらくお時間をいただきたいと思います。

職業訓練

先日受けた面接の結果は合格だった。
合格とはいっても、入り口の入り口の入り口くらいのところなので、先のことを思うと
ちょっと気が重い。
そもそもこれが出口につながっているのかも怪しいのだ。
遠回りしているだけかもしれないが、まあ目先のことだけ考えるようにしよう。

来月3日から3か月間の受講予定なのだが、平日9時から16時まで毎日通えるかどうか、
いまだ不安だ。
電車通学なんて20年ぶりくらいだ。
定期を買いに行かねば。
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